仕事を辞める??辞めない??悩む者たちのブログ

公務員も結構きつい

私は15年間、中学校の教師として働いていました。

 

大学卒業後、25歳で採用されました。

 

教員採用試験は地方ではとても競争率が高く、なりたくてもなれない方も多いため皆さん必死です。

 

そのため採用試験臭い合格するとなかなか辞めることはありません。私の住んでいる地域の教員の早期退職率は10%もありません。

 

なぜか。その理由は公務員が一番安定している仕事だからです。

 

私はまだまだやりたいことをわからないまま採用試験に合格して嬉しい半面、辞めることが難しい環境で不安感を抱いていました。

 

しかし、預かる生徒には一生懸命対応しようと日々研鑽、試行錯誤しながら関わってきました。

 

教員の仕事は学級経営、保護者の対応、教科指導、部活や校務分掌など想像を越える過酷さがありました。

 

若くてエネルギーいっぱいの私は頑張ってこなしていましたが、年数を重ねる毎に悩みが増えていきました。

 

その理由は結婚、出産後の両立です。出産して職場復帰した私の仕事は、剣道部顧問、環境整備主任、学年主任、教科主任、教科は英語ですが、女子のリズムダンスを体育として受け持つことでした。

 

女性でしかも産後の赤ちゃんを抱えた身で過重な職務を任され、

 

毎日草刈りや花植え、肥料作り、部活指導、教材研究、やったことのない免許外の指導と保育園の送り迎えや家事で疲れはてていました。

 

なぜこんなに過重な職務か。これは公務員独特の世界でやりたがらない人には仕事がいかない、断れない人に押し付ける世界だからです

 

。朝は7時半から生徒が全員下校する夕方7時半まで、土日は部活指導で自分の子どもは預けっぱなし。

 

こんな毎日と理不尽な世界に嫌気が差しました。主人とも相談しながら究極の節約生活を送り、今は退職して自宅でハンドメイド作品の製作、販売の仕事をしています。収入は激減ですが、長い目でみた場合、大きな収穫になりました。

私は大学卒業と同時にメーカー系のSier企業に就職しました。システムエンジニアとしての採用です。

 

結局私はこの会社の労働環境に強い不満を持ち転職するに至りました。転職に至った体験についてコメントします。

 

私の会社は平たく言うと企業・官公庁に対するシステム開発、インフラ構築、運用・保守のサービスを幅広く手掛けていました。

 

サービスの性質上、顧客との密なコミュニケーションが欠かせず、社員の多くは顧客先企業に常駐する形で働いていました。

 

私は約10年間勤めましたが、自社で働いたのは新人で配属されてからの僅か半年ほとです。以降は辞めるまで複数の客先に常駐しました。

 

客先はやはり完全アウェイという雰囲気で、受注する立場でもあるので、顧客の文化に振り回され、働き方や労働時間のコントロールが困難でした。

 

長年にわたり、日常的に残業時間が長く、常に休日出勤の可能性にさらされることに嫌気がさしたのが会社を辞めたいと強く感じた理由です。

 

辞めるときには転職を斡旋するサービス会社やネット上の転職サイトで経歴を登録して転職先を探していました。結局、ネット上の経歴を閲覧した今の会社から面接を受けるようにと声を掛けて頂き、ご縁が有って転職することができました。

 

私は転職後に自分の裁量でライフワークバランスを保って働きたいと考えていました。給料よりもまずそちらが重要だったですが、これは転職によって相対的に改善することが出来ました。

 

結局前職での不満は、利益を上げることにばかり経営層も上司も意識が集中しており、肝心の社員の健康や、仕事以外の人生を大切にしない風土が強かったことにあります。

 

一方でビジネスモデルとして、客先に常駐しないと上手くシステム開発が出来ないことも理解しており、常駐しながらライフワークバランスを守るのは難しいことも実感しました。従って、転職するという選択肢しか取り得ませんでした。

 

転職先の企業はユーザー系のシステム開発会社なので、良くも悪くも自社内で社員が固まって仕事をすることが出来ます。

 

仕事のやりがいや経験の幅などは前職の方が有ったかもしれませんし、独特の文化に戸惑うこともありますが、社員の働き方や休暇取得にも理解のある今の会社に転職して良かったと思っています。

続きを読む≫ 2016/08/14 07:54:14

私は以前、介護の仕事をしていました。

 

辞めたいと思ったのは訪問介護の仕事をしていた時です。その小さな会社の介護のパートスタッフとして採用されました。

 

 

何故辞めたいと思ったのか、それは上司それも社長からのセクハラ・パワハラが原因です。

 

元々介護のスタッフとして採用されたのに、ある一人のスタッフが『会社を立ち上げるから』と言って、利用者と職員のほとんどを持って会社を辞めてから、社長から私へのセクハラやパワハラが始まりました。

 

 

まず、その日から私は事務仕事と社長のプライベートの仕事をメインにやらされ始めました。介護の仕事はほとんどさせてもらえず、やっている事は書類のデータ整理や社長の家の電話やパソコン・テレビの設定。

 

介護のプロであり、事務の仕事は全くやった事も無いし、電話やパソコンの設定なんて自分が使っている物でない為分からない事ばかりで、社長に『出来ません』と言うと、『出来ませんなんて言うな!』と怒鳴られました。

 

一度や二度ではありません。何度もやらされ、何度も怒鳴られました。挙句の果てには『個人指導』という名目で私にレポートを何枚も書かされました。しかも介護や仕事に全く役の立たないレポートです。

 

更には有給は使わせてもらえず、忌引きは欠勤。希望休みを受理されたのにも関わらず出勤。代休は無し。その日のシフトは前日の夜でないと分からないと言う、無茶苦茶な待遇でした。

 

また、社長には『彼氏を作らないのか』『結婚しないのか』『ツイッターのIDを教えろ』『休みの日は何をしてたの?』など、私のプライベートを毎日の様に聞いてきました。

 

何度もプライベートの話はしたくないと話したのにも関わらず、それを辞めようとしませんでした。

 

とうとう先日、『社長の仕事をしたくないから外して欲しい』と主任に言った所、『ならもう来なくていいです』と言われ、辞めることが出来ました。今は介護の仕事から転職をし、販売店の接客業をしています。

 

三年間働いたその会社に対する不満は、パワハラやセクハラを辞めて欲しかったという事以上に、私の心の傷をどう責任とってくれるのか、という不満です。

 

その会社で働き、受けてきた行為がきっかけで、今はやりたくても介護の仕事をする意欲が激減しています。

 

今までやってきた介護の仕事、大好きな介護の仕事が今、出来ずにいるのはその会社の所為だと思っています。本当は復帰したい気持ちはありますが、今は接客業の仕事をしながらその傷を癒し、また自分がやりたいと思った時に介護の仕事に復帰しようと思っています。

続きを読む≫ 2016/08/14 07:52:14

退職して新たに転職してわかったこと

 

私は学校を卒業した後に、特にやりたい仕事もなく、何となく入れそうな地元の会社に就職しました。
やりたい仕事は無かったのですが、消去法で事務職を希望していました。

 

そのような軽い気持ちで入社したこともあり、仕事は面白くありませんでした。
幸い、職場の人間関係が良好だったので、仕事は面白くなくても続けることができました。

 

自分が一番下で働いている時はまだ良かったのですが、先輩が次々と退職していき、自分が新入社員を指導する立場になりました。
しかし、もともとそれほど仕事に意欲を持つことができない私にとっては、あまり良い先輩とは言えませんでした。

 

そのうちに自分が一番上の立場になると、そこまでの責任能力は自分にはないと思い、退職を決意しました。
仕事が忙しい時期を避け、一段落した頃に退職しました。

 

次の仕事が決まらないまま退職してしまったので、しばらくアルバイトをしながら生活しました。
アルバイトの期間は次の仕事に向けて、スキルアップのために勉強をしました。

 

結局、その勉強が役に立ち、営業事務で大手企業に再就職することができました。
仕事のやり方も福利厚生も今までとはかなり違って良い条件でした。

 

休日も増え、残業もほとんどなくなりました。
さらに給料が良くなり、そのおかげでプライベートを充実させることができました。

 

長期休暇を利用して海外旅行にも行くことができました。
労働組合があり、就業条件は年々良くなっていきました。

 

職場の上司や先輩は、仕事に対するモチベーションもかなりあり、私も仕事を通じてスキルアップをしていくことができました。
今までモヤモヤしていた仕事に対する不満が消えて行ったような感じがしました。

 

職場が変わると、仕事のやり方もモチベーションも変わります。
やはり仕事は自分が望んだところで働くのが一番良いと感じました。

続きを読む≫ 2016/08/14 07:51:14

 

私は結婚前、金融業界に勤めていました。私が仕事を辞めたいと思ったのは、就職して二日目あたりだったかと思います。かなり早いですよね笑

 

一日目は入社式、二日目から配属だったのですが、まず雰囲気に私は嫌気を感じてしまいました。職場の年齢層は20代から60代まで幅広かったのですが、

 

女性が圧倒的に多い職場でした。金融業全般そうかもしれません。そして、敵は自分の年の近い20代〜30代の女性社員でした。まぁ。一言で言えばお局なんです。

 

その年で?と思われるかもしれませんが、お局に年なんて関係ありません。いつまでも優しい人は優しいし、怖い人は二年目あたりでお局の片鱗を見せ始めます。

 

注意を受けたのは、主に態度、服装、仕事のことです。まず、金融の仕事は非常に細かい仕事です。どうでもいいじゃんってところまで、やり方が決められています。

 

多分、他の会社だったらスルーされるようなところもいちいち重箱の隅をつつかれます。そういう業界なので、仕事の事で、注意をうけてもそれはそれで、

 

きちんと言うとおりにしていたし、仕方ないことだとは思うのですが、態度、服装についてまで注意をうけるのは本当に嫌でした。

 

態度というのは、あからさまに悪い態度をしていたわけではありませんでした。詳しく書くと、先輩と一緒に移動するときは、先を歩いて、エレベーターを呼び

 

先に入ってもらい、自分が必ずボタンの前に立つ。荷物を持っていた時は、気に掛ける。プリンターがこわれたり、用紙がないときは先輩がやっていたら、飛んでいって

 

自分が対応する。などです。年の近い先輩にそこまでする必要があるのでしょうか?もちろん50、60代の職員であれば自分の方がやるのもわかるのですが…

 

服装については、とにかくかわいい服を着てはいけないということです。ちょっとかわいい服を着たりすると呼び出しがかかります。その様子は、本当に

 

中学生の先輩が後輩を呼び出して注意をするようでした。いい年なのに笑 今となっては笑い話ですが。本当に嫌な職場だったなぁと思います。

 

今は退職して本当に満足しています。

続きを読む≫ 2016/08/14 07:50:14